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 目が眩みそうなほど目映い劇場前。ぽっかりと迷い込んだ人間を誘うように開かれた入り口の前に、日向と千枝が揃って立っていた。二人とも並々ならぬ気迫が漂っている。
 日向が持っていた刀の鞘を抜き、帯剣用のベルトに差した。千枝もまた、足甲の調子を確かめるようにつま先で床を叩き、屈伸運動をする。
「準備はいいか、里中」
 入り口を見据えたまま尋ねた日向に対し「もっちろん。いつでもいいよ」と千枝は不敵に口元を大きく上げる。
 うん、と小さく頷き、日向は後ろにいるりせを振り返った。
「りせ、頼む」
「はい!」
 りせは元気いっぱいに笑って、両手を胸の高さで握り合わせた。目を閉じ、息を小さく吸う。
 瞼の裏に青い燐光を纏ったカードが現れた。くるくると回転し、りせの脳裏にカードに描かれているモノの名前が浮かぶ。
「――――おいで、ヒミコ」
 りせがかつて日の国を統一していた女王の名前を呼んだ。カードが弾け、光がりせの真っ暗な視界を青く染める。
 白い光沢のドレスに身を包んだ女王が、りせの真後ろに降り立った。両手で持ったゴーグルが、瞼を上げたりせの目の前へ掲げられる。
「シャドウたくさんいる?」
 ストレッチをしながら質問する千枝に「うん、いるよ」とりせは入り口を見つめながら答えた。ゴーグルを通した先に、いくつもの影が中を蠢いているのが探知できる。
「今の先輩たちなら、楽勝かな。でも数が多いから注意して」
「うん、わかった。ありがとう」
 微笑み、日向は顔を前に戻した。
「――里中」
「オッケーオッケー」
 準備体操を終えた千枝が「準備万端、いつでもいけるよ」と軽く左右へ跳んだ。
「花村、天城、フォロー頼んだ」
「任せとけって」
「うん、がんばるね」
 日向たちの後ろで陽介と雪子がそれぞれの武器を手にして笑う。
「じゃあ――行くぞ」
 右手でぶら下げていただけの刀を両手で持ち直し、日向は軸足を後ろへ引いた。同じように千枝も構え――二人同時に走り出す。まっすぐ入り口へ飛び込んでいった二人を、陽介と雪子も追いかけていく。
 りせのゴーグルには劇場内の様子が映っていた。入り口同様目に眩しい装飾が施された通路を、日向と千枝が先陣を切って走っている。
 直進通路の終わりが見えてきた。左右への曲がり角。りせはヒミコの探知能力を使い、彼らの行く先にあるモノを調べる。
「先輩! 次、右に曲がったところにいるよ!」
『わかった』
 日向が右へ方向を変えた。その先にはりせの言葉通り、シャドウがいた。突然現れた侵入者に、シャドウは警戒を露わにする。
 先手を打ったのは日向たちだった。
『――ラクシャーサ!』
 日向がペルソナを召還した。現れた赤い鬼神が縦横無尽に飛び回り、シャドウを切り刻む。
『いくよ――トモエ!』
 続けて千枝もペルソナを喚んだ。雄々しき女御前が長い黒髪を熱気になびかせ、持っている長刀でシャドウを横に薙ぎ払った。
 息をつかせる間もない攻撃の連続に、シャドウは反撃するのもままならず消えていく。辛うじて消滅を逃れた者もいたが、日向の刀と千枝の蹴りに呆気なく先に消えたシャドウの後を追った。
 勝利の余韻に浸る時も僅かに、日向と千枝は再び走り出す。
『りせ、次頼む』
 息一つ乱さず日向が言った。静かな口調だが、眼鏡の奥で彼の瞳はぎらぎらと闘気に燃えている。千枝もまた然りだ。
「えっと次は……そのまままっすぐ言った先!」
 探知したシャドウの位置を伝え、りせは見つけたシャドウの特性を調べる。
「物理ダメな奴がいる。先輩はペルソナを変えた方がいいよ」
『わかった』
『橿宮くん! あそこ!』
 千枝が目の前を指さした。りせが見つけたシャドウが通路を塞ぐようにたむろしている。
『里中、牽制してくれ。様子を見る』
『あいよっ!』
 暴れまわれる楽しさに興奮した返事をし、千枝が走る速度を上げて日向を追い抜いた。彼女の目の前に、青く燐光を放つカードが真っ直ぐ落ちてくる。
『いっけぇ! ――トモエ!!』
 高く振り上げた右足で、千枝はカードを砕いた。再び現れたペルソナが長刀を構え、辺り一帯を凍気で満たした。空気中の水分が凍り、シャドウたちを氷に閉じこめる。しかし殆どがすぐにその戒めから解き放たれた。
 千枝先輩は魔法苦手だから。ゴーグル越しに戦局を見ていたりせは、ぎゅっと手を握りしめていた力を強めた。物理に耐性があるシャドウが相手となると、千枝ではどうしても一撃でしとめることは難しい。
 獅子の頭部を持った車輪が、千枝に向かって突進する。
『やばっ……』
 走っていた千枝は急ブレーキをかけた。しかし向かってくるシャドウとの距離は短い。狭い通路では逃げるのもままならない。
「千枝先輩、逃げて!」
 そうだと分かっていても、りせは声を荒げて千枝を急かした。無防備な格好で攻撃を受けたら、危険だ。
 両腕を顔の前で交差して防御する千枝に、シャドウが迫る。あと一瞬でぶつかっちゃう。りせがゴーグルから見える状況から目を閉じた時『――クシミタマ!』と日向のかけ声が聞こえた。
 りせは瞼を開いた。千枝に危害を加えようとしていたシャドウが、稲妻を浴びせられ消滅していく。それを見届け、役目を果たした御霊がすっと消えていく。
 千枝に追いついた日向が再びペルソナを召還する。天使が日向の後ろに現れ、持っていた天秤を掲げた。
『ドミニオン!!』
 天使の名前を、日向が高らかに告げる。
 稲光が、辺りを白く染めた。眩しさにりせは目をぎゅっと閉じてしまう。
 何も、聞こえない。
 おそるおそるりせは目を開けた。
 通路を塞いでいたシャドウは一匹残らず消えていた。後に残るのは平然と立っている日向に『相変わらずすげー……』と驚く千枝だけ。
『大丈夫か!?』
『千枝、怪我はない?』
 安全な場所で戦いの様子を見ていた陽介と雪子が、すぐさま駆けつけていく。何事もなく終わった戦闘に、りせは知らず胸をなで下ろした。もうちょっと私もちゃんとしなきゃ。私のナビで先輩たちが安全に戦えるかどうかが決まっちゃうんだから。
「……おい、りせ」
 劇場の入り口前に立っていたりせに、壇上の階段に座っていた完二が「先輩ら、大丈夫かよ」
「うん。さっき千枝先輩が危なかったけど、橿宮先輩がぜーんぶやっつけちゃった。先輩、かっこよかったなぁ」
「なら良かったけどよ……。先輩らも無茶すんなあ……シャドウをどれだけ早く多く倒せるか試す、なんてよ」
「センセイたちなら楽勝クマ」
 暢気に床を転がっていたクマが、完二のところまで移動し、勢いよく起きあがった。ヒミコで日向たちのサポートをしているりせを見上げ「それにりせちゃんがいるクマから安心クマ」とはしゃぐ。
「まあね。私がいる限り、絶対先輩たちを危険にさらしたりしないもん」
「でも、攻撃すんのは橿宮先輩と里中先輩だけなんだろ。一気に下から上まで行くのもシンドいのに、さらに縛りを入れてどうするんだよ」
 楽観的なクマとは対照的に、完二は不安そうだ。落ち着かない様子で膝を揺らしている。
 自分たちの力がどこまでついているか。それを見極めるために、日向たちはダンジョンのシャドウをどれだけ早く倒せるか、タイムアタックをしている。主な攻撃役は日向と千枝。陽介と雪子は二人の回復役になっている。
 完二の心配も分かるけど、ちょっと不安のし過ぎじゃないかな。りせはどっちかと言えばクマよりの考えだった。
 りせはゴーグル越しに日向たちの様子をうかがう。今のところ怪我をしている様子は全員ない。素早く体制を整え、日向を先頭にまた走り出していた。
「大丈夫だって。だって橿宮先輩がいるんだもん」
 言い切るりせの目は日向に釘つけだった。
 目が離せない。胸がどきどきして、苦しくって――ああ、好きなんだなあ、とりせは改めて認識する。


 いきなり誘拐され、落とされたテレビの中の世界。見たくもなかった自分の一面を突きつけられ、拒絶し、命の危機にさらされたりせを救ったのは、高台で会った少年だった。
 日向はあの時と同じく、当たり前のように手を差し伸べてくれた。
 ――もう、無理しなくていい。
 高台で頭を撫でてくれた感触と、助けてくれたときに言ってくれた言葉。思い返すだけで、りせの中にある辛さが溶けて消えてしまいそうだ。
 後から聞いた話だが、日向はあまりテレビを見ないせいかアイドルに疎く、りせも知らなかった。だから、高台でもりせの姿に騒いだりしなかったんだろう。
 最初は驚いた。けどすぐにそんな些細なことは気にならなくなった。
 だって橿宮先輩は『私』を見てくれる。
 アイドルの『りせちー』じゃない、本当の――『私』を。
 だからりせは自分を助けてくれた日向を助けたかった。もう一人の自分を認めることで生まれたペルソナ――ヒミコを使って。それがアイドルじゃない『私』が今出来ることなんだ。
「……お前らがそんなんだから不安になんだろ」
「……何よ」
 ぽつりと吐き出された苦言で、浮き足立っていた気分に水を差されてしまった。完二の後ろに近づいて、ニワトリみたいな頭を叩きたくなる。しかし日向たちのサポートを疎かには出来ない。
「だから、橿宮先輩が強いからって、余計な負担がに増えるんじゃねえかって、こっちはハラハラしてんだよ。お前だって先輩にベタベタしてっし――」
 ため息混じりに続ける完二の言葉をりせは「何よ、完二のバーカ!」と悪態をついて遮った。
「ん……だとテメエ!」
 完二がこっちを睨んでいるのが見なくてもわかった。しかしりせは臆さない。目線はゴーグルに向けたまま「完二だって橿宮先輩にベタベタしたいのに、私が取ったからって拗ねてるんじゃないの!?」と負けじと言い返す。
「んな訳あるか!」
「カンジったら……センセイにホの字? ダメクマよー。センセイはクマのモノだから」
「なにテメエもナチュラルに自分のモノ発言してやがんだ!! 毛ぇ逆撫でっぞ!」
 完二が喚き「キャー、助けてセンセイー、カンジに襲われるクマー」とクマが大げさに驚いている。棒読みで言っているようだから、クマは分かって完二をからかっているんだろう。だけど頭に血がのぼっている完二は気づかない。
「テメエ、いい加減にしろよ!」
 騒がしさが伝わってくる。後ろで何が起こっているのか、振り向かなくたってりせにはすぐわかった。大方、逃げ回るクマを怒った完二が追いかけ回しているんだろう。こっちはナビに集中してるんだから、もう少し静かにしてほしい。
 単純な完二に呆れながら、りせはゴーグルから映る日向たちへと意識を集中させた。相変わらず、日向と千枝はシャドウ相手に大暴れをしている。
『――ペルソナ!!』
 日向は蹴りとばしたシャドウを、ペルソナによる魔法で追撃をかけている。鮮やかに敵をなぎ倒す様は見ているだけでも惚れ惚れする。千枝の強さも抜きんでているが、日向のそれにはかなわない。
 うん、やっぱりかっこいいな。見てるだけでドキドキしちゃう。
 りせは胸をそっと押さえた。心臓が早くなってるのが、自分でも分かる。
 見ている分好きになっていく。
 先輩も、私のこと、ちょっとでも見ていてほしいな。
 そんなことを考えながら、りせは日向たちを勝利に導くため、懸命にナビを続けていった。



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