今日だけは、
和と成瀬の二人で、買い物に出かけたショッピングモール。そこの広場の一角に、飾り付けられた大きな笹があった。すぐ側には短冊が置かれた机がある。
近づいてみてみると、願いが込められた短冊が思い思いに笹へとつけられていた。大人から子供まで、今自分が望んでいることが書かれている。
せっかくの七夕だから、と二人も短冊を手にとった。こうして何を書くのか考えるのは、思いのほか小さい頃に戻ったみたいで楽しい。
どうしようかな。和がマジック片手に悩んでいると、横で「よし、書けた」と成瀬の声が聞こえる。
「え、もう?」
和は驚いて成瀬のほうを向く。願いを書いた短冊を手にして、満足そうに笑っている。
「早いね」
「まーな。とは言え、これしかねえし」
「何て書いたの?」
尋ねると、成瀬は少し照れながらも言った。
「もっと色んな役を演じられますように。欲を言えば、もっと主役を演じられますように、だな」
真っ先に役者への道を進むことを選んだ内容に、和は「成瀬くんらしいね」と微笑んだ。
「ま、七夕に願うことでもねえけどな」
成瀬は短冊をかざし、書いた願いごとを眺めながら呟く。
「そういうのは自分でもぎ取ってみせるつもりだしよ。お前は何て書いたんだ……ってまだ何も書いてねえじゃん」
「う。だって思い付かないんだもん」
覗き込まれ、未だに真っ白な短冊を見られてしまった。慌てて和は腕で短冊を書くし、頬を膨らませる。
すると成瀬はにやりと笑った。悪戯を思いついたような顔だ。
「……じゃあ、オレが決めてやろうか。怖がりが治りますようにー、とかよ」
「い、いいって! いいから成瀬くんは先に短冊着けておいでよ!」
本当に書かれてはたまらない。和は笹のほうを指差して、成瀬を睨んだ。「わかったわかった」と、成瀬は笑いをかみ殺しながら、一足先に願いをかけに笹へと向かう。
からかわれ少しむくれつつ、和は短冊を見下ろす。
願いごと。今一番叶ってほしいもの。
七夕は年に一度だから、ちゃんとした願いごとを書きたい。
「あ……。そうだ……」
思いついた願いごとにうん、と頷き和はマジックを短冊に走らせていく。
どうせなら、高いところに飾ったほうが御利益がありそうだ。
成瀬は手を可能な限り伸ばし、短冊を括りつける。高いところで笹の葉から揺れているそれを見上げ、満足した。叶う叶わないは別として、願いを改めて見直し、意気込むことが出来た。
和のほうはどうだろう。短冊が置かれている机を見ると、和の姿はなかった。首を傾げ、笹のほうへと戻す。すると、成瀬と反対側に、短冊を括りつけている和がいた。
真剣な面持ちに、どんな願いごとを書いたのか気になった成瀬はこっそり和の後ろに回りこむ。
「書いたのか、短冊」
声をかけると「うわっ!」と和は大袈裟に肩を跳ね上がらせた。
「な、成瀬くん!」
突然現れた成瀬に驚きつつ、和は身体を向け直す。すると短冊が背中で隠れてしまい、肝心の内容が読めない。
「う、うん。もうつけちゃった」
「なんて書いたんだよ。教えろよ」
「や、やだよ」
「ずりいな、お前」と成瀬は口を尖らせる。
「人の願いごと聞いておいてさっさと自分のは飾るってどういう事だよ」
「そ、それは……」
流石に悪いと思っているらしい。和は成瀬から目を反らす。疚しいことがある証拠だ。
成瀬はさらに畳み掛けるように尋ねる。恐がらせないように、口調を和らげながら。
「何て書いたんだよ。こっそり教えろよ。日織とかに喋ったりしねえから」
「……」
「和?」
上目遣いでちろりと成瀬を見上げ、和は観念したように言った。
「……成瀬くんや日織が僕の嫌いなものを料理にいれてくれませんように」
「なんだそりゃ」
あんまり必死で隠すから、どんな願いごとかと思ったら。
拍子抜けした成瀬に「こっちは真剣だよ」と和は拳を握る。
「だって二人ともいつも入れるじゃないか。僕が嫌って言ってるのに」
「お前のためを思ってやってるんだぞ。日織も」
「 無謀な願いだったな」と成瀬はぽんぽんと和の頭を叩いた。子供扱いにむくれる姿に「それならもう一枚書くか?」と成瀬は苦笑しながら促すが、和は首を振った。
「書いたものは仕方ないからもういいよ。行こう」
そう言って、さっさと和は立ち去っていく。一度後ろの成瀬を振り返り「早く行こうよ!」と急かした。
「……?」
早くこの場から立ち去りたいような和を、成瀬は不審に思う。首を捻りながらも、和の短冊に後ろ髪引かれつつ、後を追った。
隙を見て、「ちょっとトイレに行ってくる」と成瀬は和と別れた。しかし向かうのはあの笹が置かれている広場だ。どうしても気になってしまい、成瀬は和の短冊を見に急いで戻る。
到着し、和が立っていたところのあたりを探した。ひらひら揺らめく短冊の願いごとに何枚か目を通し、目的のものを見つける。
それは和が書いたものとしか思えないものだった。成瀬の名前が、書いてあったから。
――成瀬くんの願い事が叶いますように。
短冊には、そう書かれていた。
「あのバカ」と成瀬は口を押えながらぼやく。
「もっと欲張りなこと願えよ」
せめて、他人の為じゃなく自分のことに願いごとは使え。七夕は一日限りなのだから。
宙を仰ぎながら、成瀬は溜め息をつく。だが、すぐに唇が嬉しさにゆるんだ。
仕方ない。料理を作る時いつもだったら入れる、和の嫌いなもの。それを今日だけは入れないでやろう。今日だけ。今日だけは。
よし、と考えを纏め、成瀬は待っているだろう和のもとへ向かう。その足取りは行きとはまた別に、和の顔を見たさから速くなっていった。