君に触れたい5題

5 その、心



 重たさを感じ、眠っていた和の意識が緩やかに上昇する。重たい瞼を擦りながら、ゆっくり開けると視界がTシャツの生地で一杯に埋まっていた。
 見覚えのある柄。それは成瀬が着ていたものと同じ。
 じゃあ、すぐ頭上で聞こえる寝息は。
(う、わ)
 和は一気に覚醒する。重たいと思っていたものは成瀬の腕だった。和の身体を包み込むように乗せている。恐る恐る視線を上に向ければ、思っていた通り、すぐ間近に成瀬のあどけない寝顔があった。
 成瀬の抱き枕になっている状態だと気づいた和は、慌てふためいた。火がついたみたいに頬が熱い。混乱してとにかく離れようと、成瀬の胸に手をついて押すが、身体が僅かに揺れただけに留まってしまった。
 小さなうなり声を発しながら、成瀬は身体を押された反動から、和の思惑とは逆に深く抱きしめてくる。腰に手を回され、引き寄せられ、和は成瀬の胸に顔を埋める形になってしまった。
 息が苦しい。和は無理矢理身体を捻り、仰向けの体勢に直す。呼吸は楽になったが、ぴったり成瀬と密着した状態では、緊張し過ぎて眠れそうにない。成瀬の体温や寝息、それに心臓の音。彼から伝わってくる全てが、和の心拍数を加速的に上昇させていく。
 成瀬を起こせば、すぐ解放されるだろう。だが、気持ちよく寝ている彼を見ていると、気が引けた。最近仕事がこんでいて、あまり休めていないから。せっかくの休みだった今日も、ゆっくり休んだほうがいいと言った和の意見を退けて、二人会うことを選んだ。
 会えるのは嬉しいけれど。それでも和は成瀬が心配だった。無理してるんじゃないだろうか。会える日が少なくて、気遣いから疲れをおしているんじゃないか、と思ってしまう。
 だが、不安に顔を曇らせる和に成瀬は笑っていった。
「無理じゃねえよ。オレだって、お前に会いたいんだから」
 成瀬の言葉を思い出し、和はきゅっと唇を噛む。彼はすごく照れ屋のくせに、こうして和の顔を赤くさせる言葉を言ってくれる。無意識なんだろうか。
 だけど、成瀬がそう言ってくれたことが、すごく嬉しかった。
 和はどう離れようかと考えていた思案を打ち切り、今度は自分から成瀬に寄り添った。胸元に耳を当て、そっと瞼を閉じる。真っ暗になった視界の中、成瀬の心音が優しく響いた。
 雨が降りしきる館。あの時『椿』だった彼に抱き締められたことがある。あれから随分経ったが、感じる音は同じで、成瀬が生きていることを幸せだと思う。
 あ、なんか泣けそう。当たり前のことなのに。
 じわりと瞼の裏が熱くなる。涙が出てきそうになる目元を擦り、誤魔化すように成瀬の胸に顔を擦り寄らせた。
 心臓の音が、こうしていられることの幸福を和に与えてくれる。それを噛み締めながら、和は再び緩やかに眠りについた。