携帯メール




 仕事が終わり、車で帰る小暮と別れた純也は、駅に向かう道中で、携帯電話でメールを打った。送る相手は、兄だ。
 ――もし時間が空いてるなら、一緒に夕食でもどう?
 純也はこうした誘いを、定期的に兄にしている。民俗学や都市伝説に没頭すると寝食を忘れてしまうために、倒れないよう弟なりの配慮からだ。
 携帯電話を握り締めながら、純也は返事を待つ。兄が純也の誘いを断ったことはないが、やはり待っている間は緊張してしまう。
 あともう少しで駅に着くところで、携帯電話が震えた。見てみるとメールではなく、着信が入っている。
 ――兄からだ。
 純也は急いで携帯電話を開き、着信に出る。
「もしもし?」
『――純也』
「メール読んでくれたんだね」
 ああ、と耳元で聞こえる声がくすぐったい。
 メールを送っても、兄はなかなか返信してくれず、わざわざ電話を掛けてくる。メールを打つよりも、直接口頭で答えた方が楽らしい。
 兄らしいと思いつつ、純也もそれが嫌いではなかった。こうして兄の声を聞いていると、仕事の疲れが取れていくような気がするからだ。最近は、賀茂泉警部補の毒舌に晒されることも多くなった分、余計に。
「今日は空いてるかな?もしかして忙しかったりするのかな?」
『いや……、大丈夫だ。俺で良ければ、付き合おう』
「うん。ありがとう」
『今どこだ?』
「駅だよ。今から兄さんの大学に向かうから待ってて」
『分かった。それまでに準備を済ませておく。また、後で』
「うん、後で」
 短い会話は終わり、通話が切れる。
 純也は携帯電話をしまい、さっそく大学方面に向かう電車のホームへと歩き出した。
 ――また、後で。
 他愛ないやりとりだが、それが心地よい幸せを純也にもたらす。自然と足取りが軽くなった。
 少しでもいいから、兄さんもぼくと同じ気持ちになってくれればいいな。
 そう思いながら、純也はスーツのポケットに手を入れる。携帯電話の感触を確かめ、そっと微笑んだ。