いいかげんになれましょう




「あ」
 と思った時には、もう成瀬は和の方へ身を乗り出していた。一気に近くなった距離に、思わず和は後ずさる。
 こういう状況でこれからどうなるのか、今までの経験から和は知っている。別に嫌な訳ではないが、不意打ちで来られると、やっぱり驚いてしまって、反射的に身が竦む。
「ちょっ、ちょっと待ってよ……」
 笑みを引き攣らせながら、和はどうにか成瀬を止めようと試みるが、呆気無く「待たねえ」と却下されてしまった。それどころか、和を挟み込むよう床へ手をつき、身をさらに乗り出してくる。
 近い。距離が近すぎる。
 至近距離から成瀬の貫くような視線に見つめられ、脈が一気に早くなるような感じがする。息が苦しい。恥ずかしさと照れが混ざりあって、顔が赤くなっていく。
 このままじゃ死んでしまいそう。
 和は近くにあったクッションで、成瀬との間に壁を作った。些細な抵抗だ。無駄だっていうのは分かっている。
 成瀬は口調こそ乱暴だが、和に対して決して無理強いはしない。もちろん不意打ちさえなければ、和もまた拒否するつもりもなかったが。
 でもいきなりこんな近くで見られたら、本当に恥ずかしくて死にそうだよ。
 だって、すごくかっこいい。
 我ながら馬鹿な考えに、和はさらに赤くなった顔をクッションに埋めた。考えることがすべて、墓穴を掘っているような気分だ。そして、自分が取った行動は、成瀬から見れば自ら火に飛び込んだ虫みたいに見えたらしい。「何隠してんだよ」と笑われて、顔を埋めていたクッションをあっさり取り上げてしまった。
「邪魔」とクッションを後ろへ投げ捨て、そっと成瀬は和の肩を掴む。
 ゆっくり、顔が近づいてくる。
 何度も、同じことをしてきたのに。
 和は固まったまま、きつく瞼を閉じる。
「いい加減、慣れてくれよな」とからかうような成瀬の笑い声が聞こえた後、唇同士が触れあう感触がした。