自室で本を読んでいた俺は、ふと視線を感じた。買ったばかりのオカルト雑誌を胡座をかいた膝の上に伏せ、扉のほうを見る。閉まっていたはずのそこは薄く開いていて、一緒に暮らし始めて間もない子供が覗き込んでいた。
 目が合うと、さっと扉の影に隠れる。ただそれだけで逃げない。また様子を伺いつつ、さっきと同じようにするんだろう。
「純也」
 俺はその子の名前を呼んだ。
「そんなところでこそこそしてないで、こっちにおいで」
「……」
 短い沈黙の後、扉が開いて純也が恐る恐る部屋に入ってきた。借りてきた猫のように大人しく、室内を見回している。
 父さんの親友だという風海さんの家に引き取られてから、もう数週間。名も知らなかった親戚の家より、ここの人たちは俺に良くしてくれる。
 そしてここの子供である純也も、嬉しいことに俺に懐いているようだった。引き取られた当初はつっけんどんな態度も多く取っていた俺を、それでも怖がりもしないで傍にいてくれる。そのせいか、俺は純也が傍にいることに安らぎを感じ始めていた。
 ただ、母親に邪魔をしてはいけない、とでも言われているのか、こうして本を読んでいたり勉強で机に向かっている時、扉からそおっと様子を見ている。だから俺はその度に純也を手招きして呼んだ。邪魔じゃない。一緒にいてもいいと、行動で示す。
 呼ばれて、近づいてもいいとわかったんだろう。不安そうな顔をほっとした笑みに変え、小走りで俺に近づいてきた。傍らに手をついて座り「なにをよんでるの、お兄ちゃん」と伏せてある本を見て尋ねた。さっきの大人しさが嘘のような笑みをしている。
 俺は表紙をちらりと見て、返答に詰まった。オカルトなんて言ったら、純也が怖がるんじゃないだろうか。まだ小さいし。下手に読ませて、夜になったら怖がって眠れなくなったりするんじゃないか。
「純也にはまだ早いな」
 膝に置いた本を、さっと俺は後ろ手に隠した。
「ええっ、おしえてよ」
 大層ご不満らしい。頬を膨らませ、純也は身を乗り出し、背中に隠した本へ手を伸ばした。
「こら、純也」
 軽く額を小突いても、純也はめげなかった。こういう時の純也は意外に頑固で、なかなか諦めたりしない。
 どうしようか。思案しながら俺は、部屋に視線を巡らせる。本から純也の気が反れるものはないか。
 その時、階下から「純也、水明くんもおやつよ」とおばさんの声が聞こえてくる。ナイスタイミング。俺は本を取ろうと躍起になる純也の肩を押して、身体を離した。
「ほら純也。おやつの時間だ。おばさんケーキを買ってたから、多分それが出るぞ」
「ほんー」
 おやつと言う餌を前にしても、純也はまだ本に執着している。そんなに、俺が読んでいるものが気になるのか。
 仕方ない。俺は純也のわきに手を差し入れ、その小さな身体を持ち上げた。わっ、と驚く声が聞こえるが、暴れないよう抱えこむ。
「ほら行くぞ。おばさんに怒られる」
 そしてそのまま、俺は部屋を出た。
 本を見せてくれず、純也は不機嫌だった。だが、おやつに出たケーキの苺をやることで、あっさり機嫌を良くする。
 嬉しそうにケーキを食べる姿や、ころころ変わる感情に、俺はつい笑ってしまった。
 そして純也がいると安らげる自分に気づく。もうかけがえのない存在なのだと認識しながら、俺は弟の頬についたクリームを指で拭った。