自主ゼミのメンバーがわかるチャンスに運よく巡り会えたぼくは、少し興奮していた。これまで事件に大した進展が見られなかっただけに、この小さいけど確実な一歩はとても重要なことだと思える。
これをきっかけに、どうにか犬童警部が犯人じゃないと突き止められたら――。
「センパイ、気持ちはわかりますけどちょっと肩に力が入りすぎじゃないですか?」
隣に座っていた羽黒さんが、ぼくの肩を突いて、ガッチガチになっちゃってますよ、とわざとおどけたように言った。
「今は待つしかないんですし、気を楽にしちゃいましょうよ」
ね、と明るく笑う彼の笑顔に、ぼくも思わずつられてしまう。出会った時から、羽黒さんの飄々としたところは変わっていない。
自然と、肩から力が抜けた。
「……そうですね」
ここでぼくが逸っても、我妻さんが早く戻ってくる訳じゃない。まだまだ捜査は続く。今は捜査一課に隠して独自で行動をしているのもあるし。
休めるときに休んでおこう。ぼくはそう結論づけた。
「何かジュースでも飲みましょうか」
「あっ、僕あるとこ知ってますよ」
ソファからぴょんと立ち、羽黒さんはあっちにあるの見つけたんです、と子供みたいな足取りで歩き出す。ぼくも彼についていくと、なるほどそんなに遠くない場所に、自動販売機があった。紙パッケージの見本が、ずらりと並んでいる。
「こういう自販機って乳製品が多いですよねー」
「そうですね」
牛乳。カフェオレ。フルーツオレ。ヨーグルト飲料。
どれにしようかと迷う僕の横で「僕はこれにしよーっと」と羽黒さんがバナナオレを買っていた。
ぼくはどうしようかな……。
さ迷っていた視線が、ふとある場所で止まった。縫い止められたように、そこから目が離せない。
小銭を投入し、ぼくはボタンを押す。がこん、と音を立て商品が受取口に落ちてきた。
「お、センパイはいちごミルクですか。何かどこかの誰かを思い出しちゃいますね」
ぼくの手の平に収められたピンクのパッケージを見て、羽黒さんが言った。どこかの誰か、なんて言ってるが、きっと頭に浮かんでいる人物はぼくと一緒だろう。
小暮さん、うまくやってるだろうか。
巨体に似合わず、これが好きですからと彼はよくいちごミルクを飲んでいた。編纂室から別々の場所へ異動になってからまだ数日。だけど、地下五階で働いていたのが遠い昔のように感じる。
ぼくは編纂室に自分の居場所を感じていたからかもしれない。今は戻れないけれど――。
「センパイ」
眼鏡のフレームを押し上げ、羽黒さんがじっとぼくを見て――笑った。
「大丈夫ですよ。この事件が終わったらきっと何とかなりますって」
それは編纂室がなくなったことに対してか、仲間がバラバラになったこととか、何を指しているかわからない。だけど羽黒さんの言葉は素直に受け止められ、本当に何とかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
ええ、と僕は頷く。
絶対にこの事件の真実を見極めよう。ぼくは編纂室の人間なのだから。
そんな使命感が、ぼくの中に沸きあがっていた。