「先輩はよくそんな風に都市伝説のことを聞かれるでありますか?」
「え?」
会釈しフロントへ戻る支配人を見送った純也に、小暮は思わず尋ねた。疑問の意味をはかりかね、「はい?」と首を傾げた純也は不思議そうに小暮を見た。
自分の発言に、小暮は慌てて前にだした手を大袈裟に振り「いや、その……お気を悪くされたら申し訳ないであります」と言い繕う。恐縮する年上の後輩に、純也は「怒ってませんから」と制した。
「それよりもどうして小暮さんはそう思ったんですか?」
「はっ、いえ……」
しどろもどろに口ごもりながら、小暮はさっき思ったことをそのまま口にする。
「てっきり自分は観光するにはどこがいいのか。それを聞くとばかり思ってましたので……。正直、先輩が都市伝説があるかどうか質問をしていて、驚いたであります」
常世島へはバカンスで来ている。言わば休暇中なのに、熱心に都市伝説の在りかを、純也は探っていて。こんな時ぐらいは何も考えず休んでほしい、と小暮は労りから純也にそう思っていた。
小暮の言いたいことが伝わったようだ。ああ、と納得した純也は手を打つ。
「すいません。確かにおかしいですよね。こんなところに来てまで都市伝説の話だなんて」
「いえ、そんなことは――」
「いいんです。ぼくもわかっててやっちゃうんですから。もう癖みたいなものですね」
照れ笑いをして頬を掻く純也に「いえ、先輩は素晴らしいであります!」と感激した。常日頃から何かを調べようとする姿勢は、尊敬に値する。
「自分も先輩の部下として、常に情報を集める所存で頑張りたいかと!」
「いえ、そんな感心されるようなものじゃないですよ。だってぼくが聞いたのも兄さんに教えてあげたいからなので」
「霧崎先生に、でありますか?」
尋ねた小暮にええ、と純也が頷く。
「とは言え、聞くもの聞くもの兄さんが知ってるものばかりなんですけどね」
眉を下げ、純也は苦笑した。
「それでもつい聞いちゃうんですよ。もしかしたら兄さんの知らない話があるかもしれないって。そうしたら研究の役に立つ可能性だってある。――そう思っちゃったら自然と」
「……」
驚きを隠せない小暮を、「やっぱり、呆れますか?」と純也が見上げる。おずおずと様子を窺う彼に小暮は「そ、そんなことはないであります!」と勢いよく首を振った。
「良かった」
否定する小暮に、純也は安堵を見せた。それを見て小暮は微かに引っ掛かるものを感じた。
先程からの純也の言葉。そのどれもが、霧崎に対し兄という関係以上を感じさせる響きが込められているように感じたからだ。
確かに血は繋がらなくとも、あの兄弟は仲がいい。いいけれど。
これまでに見てきた睦まじいやり取りを思い返し、小暮は首を振った。思考を止める。このまま足を踏み入れていくのは危険だと、本能が警告を告げていた。
「小暮さん?」
純也に呼ばれ、考え込んでいた小暮は我に返った。
「早く行きませんか? 加茂泉警部補に見つかる前に」
悪戯っぽく笑い外のプールサイドを指差す純也は、いつもの純也だ。それに酷く安堵し「了解であります!」と敬礼した小暮は「今は休暇中なんですから」と笑う純也の後を追いかけていった。