頑張る者は報われる。
「なんつーか、天性の役者なんだよな」
静奈のことを尋ねられ、俺は平静を装って言ったつもりだった。だが、僅かな心の揺れを、和は察知してしまったらしい。会話を進めていくうちに、和の顔が曇っていっていたたまれなくなる。
こういう時こそ、素顔を隠して演じる、役者の本領を発揮すべき場面だろう。だが結局、和が部屋を出るまでぎこちなさを誤魔化すことが出来なかった。
「――なっさけねーな、俺」
和が出て言った扉をベットに腰掛けて見つめ、一人呟く。あの様子だと、間違いなく気にしているだろう。
ただでさえ、アイツはもう怖いことが起こらないようにって、事件を防ごうと必死になっているのに。余計な悩みを持たせてどうするんだ。
俺は、自分のどうしようもない不甲斐無さにがっくり肩を落とし、そのまま仰向けにベットへ倒れ込む。天井を見つめても、気分が晴れる訳もなく、瞼を閉じて腕を押し当てた。
雨の音が聞こえる。陰鬱に、途切れることのないそれは、殺人事件でささくれだっていた心を余計に、波立たせる。
……また和が来るまでに、落ち着かないと。これ以上、情けないところなんて見せられない。
俺は役者だ。どんな状況でも平静に。与えられた役になりきって――――。
「………………」
……なりきれっかな……。
まるで自信がなく、俺は「くそっ」と舌打ちし、後ろに撫で付けた髪を掻きむしる。
こんなんじゃ、いつまで経っても良い役者になれないんじゃないか。
そんな不安が頭を過った。
僕が椿くんの部屋を訪ねて、静奈ちゃんのことを話題に出した時のことだ。椿くんは率直に静奈ちゃんをその場に立っているだけで空気が違う。華があると誉め「ああいうのは、身につけようとしてつくもんじゃないからなぁ」と言葉を閉めた。
その顔は笑っていたけど、僕にはそれが、どこかうらやましそうに見えた。
芸能界がどんなところか、見る立場の僕にはよくわからない。きっと、見えない苦労とかたくさんあるんだろう。それを知らない僕が言える言葉なんて、そうそう見つかるものじゃない。
だから僕は、「そうかもね」と曖昧に言葉を濁して部屋を出た。
閉めた扉を背に、僕はちりちりと痛む心臓を手で押さえてしまう。出る寸前、椿くんの複雑な顔が、やけに瞼に焼き付いていた。
切ない痛みに、僕ははぁ、と小さく溜め息を吐く。
「ねぇ、日織。椿くんのこと、どう思う?」
「――――はい?」
突然の問いかけに、日織は読んでいた本から面をあげ、僕を見た。
あれから書斎に行った僕は、机の椅子に腰掛ける日織と向かい合う形でソファに座っていた。部屋に入るなり神妙な顔をしていた僕に、日織は怪訝な顔をしていたが、それでも何も言わないでこっちから話し掛けてくるのを待っている。
だけど、まさか事件のことじゃなくて椿くんのことだとは思っていなかったんだろう。僕の質問に、日織はぱちりと眼を丸くしていた。
日織は読んでいた本を机に伏せ、僕の向いにあるソファへ移動する。そして、僕を見て首を傾げた。
「椿さんがどうかしたんですかい? 何かあったんですか?」
「あっ。ううん。事件のことじゃないよ」
誤解されないよう、僕はすぐに首を振った。
「ちょっと、気になることがあって」
そして僕は、さっき椿くんとした静奈ちゃんについてのやり取りを、そのまま日織に教える。
「……椿くんは静奈ちゃんを誉めてたけど。椿くんだってすごいと思うのになぁ」
「和さんからはそう思えても、椿さん自身はそうもいかないでしょうよ。確かに華やかなところもありますが、その裏では実力がものを言いますし。演技の技術だって、一朝一夕で身につけられるもんじゃねえですしねぇ」
「…………」
「椿さんの言う通り、静奈さんは俺から見てもすごいと思いまさぁ。ああいうのを天性の役者って言うんでしょう」
「日織、椿くんと同じこと言ってる」
僕が言うと「ははは」と日織は笑う。
「でも俺は、椿さんもすごいと思いますけどね」
「……え?」
僕は眼を丸くして、日織を見た。日織の表情は笑ったままだったが、さっきよりも優しく見える気がする。
「あの人は、どんな役でも真剣に向き合うでしょう?」
「うん。初めて話した時、それがよく分かったよ。それに前もって貰った役に関する勉強とかもしてるみたいだし」
屋敷に泊まることになって、みんなにお礼がてら話し掛けた時。それから、犯人に狙われている椿くんを守る為、一晩中一緒にいた時。僕は椿くんの役に対するこだわりや、どんな役柄でもやり切ってやろうって役者に対する真摯な姿勢を知って、素直にすごいって思ったんだ。
「でも那須さんと一緒だと、すぐに地が出るけどね」
続けて言った僕の指摘に「ちげぇねえ」と日織は笑って頷く。
「それから、和さんと一緒の時も地が出てますしね」
「そうかなぁ」
「そうですって」
自信たっぷりに言われ、僕は頭を捻り、今までの椿くんとのやり取りを思い返してみた。
…………。
……。
……確かに日織の言う通りな気がしてくる。些細な会話で、椿くんはすぐに被っている執事の仮面を剥がして、素で接してくるし。よく手も出てくるような気が……した。
無意識に頬をさする僕に「和さんも分かっているみたいじゃあないですか」と口元を緩める。
「知ってます? そん時の椿さん、すごく良い感じでさぁね」
「そうなの?」
僕には、よく分からないけど。そう言ったら、「そりゃ、和さんは見慣れてますから」と日織がしれっと答えた。
「ああいう顔が出来る人なら、きっと良い演技が出来るでしょうし、何より上達する為に必要なものを、椿さんは持ってますから」
日織の言葉に、僕はうんうんと何度も頷いた。
静奈ちゃんが天才と言うのなら、椿くんは秀才じゃないかな。だって、椿くんはものすごく努力をする人だ。その頑張りは、いつか実を結ぶ筈。
――ううん、絶対そうなる!
「……やっと、いつもの和さんの顔に戻りましたねぇ」
日織がほっとしたように言った。
僕は「日織のお陰だよ。日織がそう言ってくれたから」と笑って言った。そして勢いよくソファから立ち上がる。
「僕ちょっと行ってくるね!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
分かりやすい僕の行動に苦笑しながらも、日織は手をひらりと振って送りだしてくれた。
書斎を出た僕はよし、と握りこぶしを作って走り出す。
行き先はもちろん――椿くんの部屋だ。
「分かりやすいなぁ、和さんは」
慌ただしく部屋を出ていく和を見送り、日織は小さく笑った。行き先は告げてはいないが、すぐにどこに向かったか、手に取るように分かる。和とは出会ってまだ数日しか経っていないが、彼の人となりを、日織は理解しているつもりだ。
怖がりで、泣き虫で。すぐ及び腰になる。
けれど、その名前の通り一緒にいると心が和んで、優しくて、そして自分の心にどこまでも素直だ。
この館で起きている殺人を、これ以上繰り返さない為に奮闘している理由を『怖いから』と言ってはいるけれど、その奥には彼なりの決意が込められているように思える。
日織は立ち上がり、机に向かった。天板に伏せられている本の表紙をそっと指で撫でる。その本は、見立て殺人で狙われているのは誰か、そして使われるものが何か、和が推理して導きだしたものだ。今日も誰も死なせないよう、必死になって奮闘している。
ろくに寝ておらず、疲労も溜まっているのに。
だからこそ。
「和さんにそんな顔をさせる椿さんが、俺は少し羨ましいですよ」
日織の椿に対する言葉に、和が見せた表情は、他の誰かに見せるそれとはちょっと違う。きっと、本人すら自覚していないだろう。傍から見ていた日織の方が、和の椿への気持ちをよく知っていた。
「――果報者ですね。椿さんは」
降りしきる雨をじっと見つめ、日織は半分羨望を滲ませ、小さく呟く。
辿り着いた部屋の扉をノックすると、少しの間の後に「どちらさまでしょう?」と慇懃な返事がかえってきた。
僕は大きく息を吸って「僕だけど」と応える。すると今度は「今開ける」と砕けた――けど、何処か固い声音で言葉が返ってきて、すぐに目の前の扉は開いた。
「ごめん。何度も」
開いた扉から顔を覗かせ謝ると、部屋の主――椿くんは「今更気にすんなって」とぶっきらぼうに言った。
部屋に通してもらって、いつものようにソファに座る。椿くんはソファには座らず、テーブルにある椅子を引き寄せてそれに座った。
何でもない風を装っている椿くんだけど、やっぱりさっきの会話を引きずっているのか、どこか落ち着かない様子だった。こっちを見ているけど、ちらちら視線があちこちへ飛んでいる。
「で、どうしたんだ?」
椿くんが、話を切り出してきた。僕は乾く喉で唾を飲み込みながら「さっきのことだけど」と答える。
「さっき?」
椿くんはとぼけたが、僕は「静奈ちゃんのこと」とはっきり言う。
途端に椿くんは露骨に顔を顰め、眼光が鋭くなった。
触れないようにしていたのに、どうしてわざわざ話題に出すんだ。そんなことを言いたげな視線に、僕は怯みそうになったが、負けず椿くんを強く見返す。
「あのね、静奈ちゃんもすごいと思うけど。僕は椿くんだってすごいと思うよ」
僕は、思ったままを直球で椿くんにぶつける。
「それに日織だって椿くんのこと、良い役者になれるって言ってたし」
そこでぴくりと椿くんの顔が引き攣った。とんとんと顳かみを指で叩き、震える声で尋ねる。
「……ちょっと待て。まさか和、お前あん時の会話、日織に言ったのか? そのままそっくり?」
「うん」
即答して頷くと「うんじゃねえ!」と椿くんの怒号が部屋に響いた。見る見るうちに顔を真っ赤にして、椅子から腰を浮かし、僕の方へ手を伸ばすと思いっきり頬を引っ張ってくる。
「お前なぁ、人にそういうことをほいほい喋くってんじゃねえよ!」
「わーっ、ごめんっ! 謝るからひっぱらないでーっ!!」
僕は頬を引っ張る椿くんの手を掴んで引き剥がすと、ソファの端へと移動して魔の手から逃げ出した。ついでに「でも、本当のことだから!」と負けじと言い返す。
「それに、僕だって椿くんがすごい役者になれるって思ってるし! ……だから」
「………………」
涙目で全く怖く見えないだろうが睨んでいると、怒る気が削げたらしい椿くんが、肩を落として長くため息を吐いた。椅子に座りなおして、膝に肘をつき、自分の顔を手の平で覆う。
「またお前は……そんなことを無責任に言いやがって……」
「それはそうかもしれないけど。でも! 執事の役だって前もって勉強したりしたんだろ? それになりきって役を演じようと頑張ったり、演技の為に頑張ってるじゃないか! 椿くんほど役者とか演技に対して真剣な人なら……僕は良い役者になれると思ってる」
「………………」
僕の言葉に、椿くんは何も言わない。顔を伏せたまま、また深いため息を吐いている。
……もしかして、生意気とか思われちゃったかな。役者とかよく分からないくせに、知ったような口を聞いて。
不安になって僕はソファから立ち上がると、ゆっくり椿くんに近づいた。
「椿くん、怒ってる?」と小さな声で機嫌を探るように尋ねた。
やっぱり僕じゃ駄目なのかな?
椿くんを元気にさせることが出来ないのかな……?
すっと、心が鉛が入れられたように冷え、重くなる。
「………………逆だっつーの」
ぽつり聞こえた言葉に「へ?」と僕は椿くんの声をちゃんと聞こうと顔を寄せた。するといきなり「ああもう!」と顔を支えていた手で自分の膝を叩き、椿くんはいきなり面を上げる。
近づいていたせいで、いつもよりずっと顔の距離が近い。僕の頬はぼっと火がついたように熱くなって、思わず慌てて後ずさった。
「逃げんな!」
椿くんが僕の手を掴んで、ぐいっと引き寄せてくる。怒られるんじゃないかと、僕は気が気でなくなって、「わーっ! ごめんなさいー!」と訳も分からず謝って、ぎゅっと瞼を閉じた。
「……びくびくしすぎだ」
少し呆れた椿くんの声が聞こえる。そして「怒ってねえって」と続いた言葉に僕がゆっくり眼を開けると、さっきまでのぎこちなさが消えた椿くんの顔が見えた。
「……本当に怒ってない?」
僕は恐る恐る尋ねる。
「もともと怒っちゃいねえって。ただ、自分の情けなくて、勝手に落ち込んでいただけだ」
決まり悪く、椿くんはそっぽを向いて続ける。
「羨ましかったんだよ。俺にないものを誰かが持っている。それを俺は持つことが出来ない。そう思うと、持っている奴が輝いて見えてさ、すごく羨ましくなるんだ」
「椿くん……」
「でも。和の言っていることを聞いてたら、ぐだぐだ悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた」
「なんでって……」
何故か、椿くんは顔を赤くして「……きなやつにそこまで言われて立ち直れない訳ないだろ……」と聞き取りにくい声で呟く。
「え? 最初の方、なんて言ったの?」
僕が尋ねると椿くんはじろりと睨んで「なんでもねーよ」とぶっきらぼうに言った。……やっぱり怒ってるじゃないか。
「もういいだろ。この件は終り! 和ももう何も言うな!」
「ええっ!? 僕はまだ納得出来てないよ! ちゃんと教えてよ!」
話を締めようとする椿くんに、僕は食い下がる。このままじゃ、すっきりできないし、余計に椿くんが気になっちゃうじゃないか!
だけど椿くんは「もうそれ以上言うなって」と手で僕の口を覆い隠す。言葉を封じられ、僕はひどいと椿くんを睨んだ。
それを見て、椿くんは「バーカ」と口元を上げて笑った。
「和に睨まれたって全然怖くねーよ」
「…………!」
その通りなんですけど! でもやっぱりそう言われると悔しいなぁ……。
すると椿くんは「でも、ま」と笑みを優しいものに変えた。
「お前が言ってくれたこと、とても嬉しかったぜ」
一つ深呼吸をして、椿くんは続ける。
「ありがと、な」
「…………っ!」
照れまじりの、ぶっきらぼうだけど椿くんらしい言葉。じんわりと冷たくなっていた心が温かくなっていって、僕は手で口が塞がれているにも関わらず、つい笑ってしまった。唇が笑む形に動いて、くすぐったいらしい。「笑ってんじゃねえよ」と椿くんもつられて微笑む。
これぐらい、いいじゃないか。
だって、本当に嬉しかったんだから。
借りていたトイレから和の部屋に戻ってきた成瀬は、何故か正座をしてテレビの前に座る和に眉を潜めた。リモコンを握りしめ、画面に釘付けになっている。
成瀬は和越しにテレビを見て――、眦を鬼のごとく釣り上げた。腰に手を当て仁王立ち、半眼で和の背中を見据える。
「……和。お前なに見てる?」
低く、氷のように冷たい声音を投げ付けると、和の身体はびくりと大きく跳ね上がった。ぎこちなくこっちを振り向く眼は、今にも泣きそうだ。
これ見よがしにため息をつき、成瀬はずかずかと大股で部屋に入り和に近づく。すかさず和は座ったままの体勢で後ろに逃げるが、すぐ背後にテレビがある為逃げられない。あっという間に二人の距離は縮まって、和は成瀬に捕まってしまった。後ろから抱き締められる形で、和は成瀬の腕の中、あわあわと慌てている。
「いや、これはね。うん。リモコンが落ちた拍子に出てきちゃって」
「んな訳ねーだろ!」
しどろもどろになって言う和の言い訳を、成瀬はあっさり切って捨てた。
テレビに映っていたのは、とある映画のメイキング映像だ。
脚本は事件のあった屋敷で那須と呼ばれ――さらには帽子屋の正体でもあった光谷が書いたもの。和たちが屋敷から生還した後、成瀬から届いた手紙の内容で触れられていた映画だった。
和はもちろん、封切りと同時に映画を見に行った。そして今日発売されたDVDもこうして今、和の手元にある。
デートがてら二人で買いに行ったそれを和の部屋で見ることになっていたのだが、成瀬は頑にメイキングを見ることを拒んでいた。和は見たいと文句を言っていたが、成瀬も譲らず、和が折れる形になっている。
だから、安心していたのだが。見事に和は成瀬の期待を裏切ってくれた。
成瀬が席を外す時を狙い、少しでも見ようと画策していたんだろう。
「あーもう! こんなの見られたくねーのに!」
テレビから聞こえる怒鳴り声に、成瀬は頭を抱えたくなる。
画面の成瀬は、怒り心頭の様子で現場へやってきた光谷につっかかっていた。身なりこそ違うが、まるで屋敷でも繰り返したやり取りをそのまま表現しているように見える。まるで漫才のようなやりとりに、周りは唖然としている中、同じく映画に出演していた静奈――あやめが猫のように眼を細めて笑っていた。
事件が解決した後も、変わった様子を微塵も見せない光谷に、成瀬は翻弄されている。
「俺、かっこわりぃ……」
和には、成長した姿を見せたかった。なのに、こんなやり取りを見られてしまっては、光谷と同じで全く変わっていないように見られるんじゃないか。そんな不安が成瀬にはあった。だから、メイキング映像だけは、どうしても見せたくなかったのだ。
「何でそんなこと言うんだよ」
成瀬の気持ちなど知ってか知らずか。捕まったままの和は首を傾げ、肩ごしに成瀬を見つめる。
「僕こういうの見るの好きなのに」
ふくれる頬を見つめ「知ってるよ」と歯切れ悪く成瀬は返す。
「でも、俺はお前にかっこわるいところ見せたくないんだって。……だから見るなっつったのに」
「なんで?」
心底不思議そうに眼を丸くして、和が尋ねた。
「なんでって――――」
「どんな成瀬くんだって、僕から見たらすごくかっこいいのに」
「――――はぁ!?」
とんだ爆弾発言に、成瀬は絶句し呆然とした。
拘束する力が緩んだ隙に、成瀬から脱出した和は、「あのね」と膝を突き合わせて座った。
「だって、成瀬くんはいつもすごく頑張ってるから、かっこわるいなんてないよ。光谷さんのアレは……、もう何度も見てるから今更だろ?」
「そりゃそうだけど……」
「それに僕、どんな成瀬くんも好きだな。いつも頑張ってる成瀬くんも好きだけど。あんな風な成瀬くんも、うん、大好き」
「わかった。わかったから。もう言うな。聞いてるこっちが恥ずかしい」
明け透けな言葉を防ぐように、成瀬は手で壁を作った。嘘を感じさせない和の言葉は、時に成瀬の心臓を大きく揺さぶる。好き好きと連呼され、聞いているだけで、照れくささに悶絶しそうだ。
「だから、見てもいいよね。もっと成瀬くん見てたいし」
「お前は恥ずかしげもなくよくそう言うことをぽんぽんと…………」
しかも無自覚だ。本当に質が悪い。
じとりと成瀬が睨むと、不意に和が自分の口を手の平で覆い隠した。以前館で口を塞がれた時のことを思い出し、先手を打ったのだろう。
「見るからね。僕絶対見るからね!」
手の平越しの、くぐもった声。
生意気だな。成瀬はそう思いつつ、ふと思い付いた名案に、にやりと口元を釣り上げた。
笑う成瀬の不穏さに、和は口を隠したまま、上体を後ろへ引く。だが、前に成瀬、後ろにテレビがある状態ではどうすることも出来ず、和の手は伸びてきた成瀬の手によって捕らえられてしまう。
「な、成瀬くん……?」
「見てもいいけど。それならそれ相応の見返りは欲しいよなぁ……?」
「見返りってなに!?」
涙目で尋ねる和に、成瀬は口を塞いでいた手を剥がしにっこり清清しく笑う。
「この状況で言わせるなよ。……バーカ」
そう小さく呟くと、成瀬は和の唇を、自分のそれで塞いだ。