昼休みに一人、日向は校舎裏にやって来た。歩きながらきょろきょろ首を巡らせ、何かを探すように辺りを見渡す。
「先輩!」
校舎の壁に凭れて座っていた完二が、歩いてくる日向に気づいて手を振った。そして急かすようにこっちに来いと手招きして来る。
言われた通り小走りで近づけば、今度は身を屈めるような手振りを完二はした。
「……何で隠れるような真似をするんだ?」
「真似、じゃなくて隠れてるつもりなんスよ」
完二は小声で言って俯いた。
「……こんなん持ってっと、目立ってしょうがねえ」
「昨日メールで言ってたのはそれか」
完二の隣に腰を下ろし、日向は完二が持ってきた包みを見た。鮮やかな藍色に染め上げられた風呂敷は、一目で巽屋で染められた生地を使われたものだと分かる。
「でも昨日は驚いた。明日は弁当持って来るなっていきなりメールが来たから」
可笑しそうに眼を細める日向に「オレだって昨日のお袋にビックリしたっスよ。いきなり先輩に弁当あげろだの言いやがって……」と包みを持ち上げ複雑な顔で唇を歪める。
――いつも橿宮くんから弁当よばれてるんだから、ちゃんとお返ししないといけないわね。
そういって母親が準備したのはいいが、量が半端じゃなかった。何しろ重箱に詰めたら、中身が零れそうなぐらいだったからだ。育ち盛りだからと母親は笑って完二に重箱を無理矢理持たせたが、それにも限度があることを知らないのか。
「おまけに目立つし。教室でもこれに視線が集まって大変だったしよ」
「それで場所をここにしたわけか」
得心がいったように日向は頷いた。そして「大変だったな」と慰めつつも、表情は面白がっているように見え、完二は大袈裟に溜め息を吐く。
「……あのババァ。一体何考えてこんなこと……」
「そんなこと言わない」
日向は愚痴る完二の頭を軽く小突いた。
「せっかく腕を振るってくれたのにそんな言い方良くない。それに俺、楽しみにしてたんだから」
「ごちそうになっていい?」と尋ねる日向を眼を瞬かせて見た完二は、その言葉を聞いて反射的に頷いた。
「も、もちろんいいっスよ!」
期待する日向の眼差しに押され、完二は包みを広げて重箱を開ける。おかずが詰め込まれた中身に「すごいな」と思わず日向が言葉を零した。
渡された箸を手に、「いただきます」と日向はさっそく口に運ぶ。
「……ど、どうっすか、ね……?」
黙って咀嚼する日向に、完二は恐る恐る尋ねた。
「――おいしい」
口に入れたものを飲み込んでから、日向は笑って言った。
「すごくおいしい」
「本当っスか? お世辞とか言わなくていいけどよ」
ぼそぼそと呟く完二の言葉を「嘘言ってどうする」と日向が一蹴する。
「俺、親の作った料理の味とかあまり覚えてないから」
「……は?」
「きっとこんなのをお袋の味って言うんだな」
日向は感慨深く呟き「もっと食べていい?」と完二に尋ねる。
虚を突かれ眼を見開いていた完二は、慌てて頷き「もちろんっスよ」と笑って見せる。
「お袋が先輩のために作ってきたんだ。遠慮なんてなしですよ」
「そうか。ありがとう」
そう言って日向はとても美味しそうに弁当を食べている。完二は幸せそうな日向の表情を見て、内心世話を焼きたがる母親に感謝した。
ここに来るまでの恥ずかしさも消え失せ、今度は俺が作ろうかな弁当、と完二は思う。そして「完二も食べよう」と促す日向に笑顔で頷いた。