妹の延長線上



 背が小さいと、こんな時不便だ。
 図書室で綾音は、本棚を見上げて溜め息をついた。探していた本が見つかったのはいいけれど、高くて手を伸ばしても届かない。
 もう一度、爪先立ちで大きく腕を伸ばすが、目当ての本まで指先も届かない。
 どうしよう。困った綾音は助けを求めるように辺りを見回した。綾音と同じように図書室を利用している生徒の姿がちらほら見えるが、こちらに気付く様子はない。せめて吹奏楽部の人がいれば助けを求めやすいのだが。
 だが、そう思うようにはいかない。綾音と顔見知りの生徒の姿はなく、自分でなんとかしなくてはいけないようだった。
 もう一度、と諦め悪く綾音は読みたい本目指して腕を伸ばした。すると上から伸びてきた手が、あっさりと目当ての本を取ってしまった。
「あっ」
 本を取られてしまい、思わず声を上げてしまう。
 気付けばいつの間にか後ろに誰かが立っていて、その影が綾音を覆っていた。気配もなく後ろに立たれたことと、読みたかった本を取られてしまったショックを隠しきれないまま、綾音が振り向くとよく見知った顔がそこにあった。
「――橿宮先輩!?」
「うん」
 今年の春、吹奏楽部に入った日向の姿に綾音は驚いた。いつも音楽室で会うばかりだったから。
 日向は持っている本の表紙を一瞥し、そのまま綾音に差し出した。
「えっ、これ……」
「困ってたみたいだから。……それとも、これじゃなかった?」
「いえ、これです!」
 そう答えると「そう」と言って、日向は本を綾音に手渡す。
「あ、ありがとうこざいます」
 綾音は受け取った本を抱き締めて、頭を下げた。半分途方に暮れていたので、日向の助けはとても嬉しい。
「どういたしまして」
 日向は笑って、綾音の頭を撫でる。まるで小さな子供にするような仕草に、「もうっ」と少し膨れて綾音は自分の頭を庇った。
「子供扱いしないでください! こう見えても先輩とは一つしか違わないんですから」
 そう一つしか違わない。なのに、日向はよく綾音を子供扱いする。彼自身にはそう言うつもりはないのだろうが、綾音からはそんな風に感じてしまう。
 日向には妹みたいに可愛がっている女の子がいるし、また学童保育のバイトをしているのを綾音は知っている。きっとこの扱いは、その延長線なんだろう。「悪い」と謝っている表情も、どこか子供に対する寛容さが滲んでいるように見えた。
 それで絆されてしまう自分も大概だな、と綾音はこっそり思う。
 これからはちょっと牛乳多めに飲もうかな。
 日向と一緒に行った夏祭りでも兄妹と周りに思われたことを思い出す。あの時もショックだった綾音は、日向に気付かれないよう小さく溜め息をついてそう思った。