朝まで保って



 近い。
 すぐ近くに見えるものを前にして、陽介は固った。寝返りを打とうにも、狭すぎるし、やれたとしてもその先は坂だ。下手すればそのまま転がってしまう。
 だから動けない。
 テントは、四人も横になるには広さが足りない。加えて真ん中を区切るように置かれた荷物はさらに狭さを増長させている。
 お前らよくこんなので寝れるよな。
 暗闇から聞こえる寝息を耳に、陽介は一人悶々とする。
 林間学校の夜。暴走してテントを出ていった完二と入れ替わるように千枝たちがやってきた。なにがあったか、語らず言葉を濁す二人を、そのままテントに泊めることになってしまった。
 変なことをしないようにと、テントの真ん中に予防線として荷物を置き、窮屈な夜を過ごす羽目になる。そして、見つかれば停学確実な状況だ。無駄に緊張感を煽られ、陽介の眠気はすっかりさめてしまった。
 だが他はそうでもなかったらしい。明りが消され、しばらくしたあと三人分の寝息が聞こえてきた。
 神経の図太い奴等だよな。そう思いながら陽介はもう一つの、眠れない原因を見る。
 狭いせいで日向が陽介のすぐそばで眠っていた。小さく肩を上下させる度に、寝息が陽介の首筋に掛かる。女子の領域に入らないようにしているのか、無意識に身を密着させていた。
 日向に想いを寄せている陽介からすれば、この状況は生殺しも同然だった。
 に、逃げてえ……!
 二人だけならいざ知らず、ここには千枝たちもいる。こんな状態で朝まで、だなんて身体に毒だった。
 触れたいのに触れられない。
 じりじりと心を焦がしながら、陽介は少しでも距離を開けようとみじろいだ。
「……陽介?」
 眠気からまどろんだ細い声に、陽介はびくりと肩を震わせる。うっすらと眼を開けた日向が後退りしている陽介を、不思議そうに見た。それからきゅっと眉間に皺を寄せ「駄目だ」と陽介の腕を引っ張る。
「そっちは坂だ。そのままだと陽介が転がる」
「分ってる。分かってっけど……!」
 お前と密着してるほうが坂を転がるより危ないんだよ!
 陽介は必死に日向から逃げようとしたが、寝ぼけまなこの力は強かった。引き寄せられ、日向の胸元に顔を埋める形になってしまう。頭の下には腕が敷かれ、そのまま拘束されてしまった。
「よし」と満足した日向が陽介の背をぽんぽん叩き、またあっと言う間に眠ってしまう。しがみつかれた格好になり、たまったもんじゃないのが陽介だ。ゼロになった距離に心臓がうるさく騒ぎ出す。
 ああ、もう、いつか覚えてろよ!
 そう思っても陽介は、逆にラッキーだと思ってしまう自分がほんのちょっぴり情けなかった。
 朝まで保ってくれ、俺の理性。
 陽介は心からそう思いながら、少しでも煩悩を消す為、瞼を強く瞑った。




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