「俺は《力》がなくなっても、お前の隣にいるからな。どんな危ねえところだろうと、そこが俺の居場所だと、そう思ってるから」


つくものは
11/3発行予定 P58 オフA5 600円
東京鬼祓師 壇主+義王
時間軸は10話
義王との対決のとき《力》の薄れを感じた燈治が悩む話。
七代がやきもきしたり、オカシラが隙あらば七代を狙っていたり。
俺設定+オリキャラありなのでご注意を。
表紙をコツエさんに描いていただきました!ありがとうございました!

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Simple

「はっはァ! テメエ、脇がお留守だぜぇ!!」
 高笑いと共に義王の言葉を聞いた、その直後。燈治の脇腹に鈍い痛みが走った。同時に燈治の視界がぐるりと回転する。床を転がり天井を見上げた燈治の顔が、義王の影に覆われた。
「――くっ!!」
 負けてたまるか。燈治は下から上へと義王に蹴りを放つ。
 臑が義王の脇腹に命中した。ぐっ、とくぐもった呻きを漏らすが、義王は痛みに耐えそのままトンファーを打ち下ろす。
 このままじゃ避けられない。目前にトンファーが迫る。分の悪さを感じた燈治は、意識を右手に集中させた。
 痛みと綯い交ぜになった熱が高ぶってくる。そして僅かに滲む青い燐光。
 呪言花札の一つ――《菊に杯》に一時的に取り憑かれた時から燈治に宿った《力》が解き放たれようとしていた。相手の動きを封じる水を纏った氣が燈治の拳を纏う。だが不意に拳に纏っていた水の気が、一瞬揺らいで薄くなった。
「……っ!?」
 弱くなった《力》に燈治は目を見張った。これまでなかったことに動揺する。しかし、そんな燈治の内心など知る由もなく、義王のトンファーは速度を緩めない。燈治の《力》に呼応するように、義王の《力》もまた顕れているようだった。
 一か八か――。
 弱まった《力》をそれでも燈治は義王にぶつけようと試みる。
 どっちがどう転んでもおかしくない展開。固唾を飲んで見守る見物客の盛り上がりが最高潮に達する。
 しかしそれを打ち消すように凛とした声が武道場に響いた。
「そこまでです!!」


「――千馗っ」
 慌てて燈治が無理に降り立ち、倒れかけた七代の腕を掴んだ。ぐいっと上に引っ張り、しっかり七代の身体を屋根の上に立たせる。
 シャツ越しに七代の体温が燈治の掌に伝わる。思っていたよりも熱いそれに「お前」と燈治は声を低くした。
「また熱出してるだろ」
「……」
 ぎくりと肩を強ばらせ、七代は明後日の方向を向いた。図星だと言わんばかりの反応に、燈治は、はああああ、と深く長い溜息を吐く。
「そ、そんなしみじみと溜息吐かなくたっていいじゃないですか!」
 かっとなって言う七代に「そりゃこんな時に誤魔化されでもしたら、溜息も吐きたくなるだろ」と燈治は言い返す。今更、症状を隠すなんて水くさい。
 隠人と戦った後七代は一時的に発熱を起こす。それは右手に刻まれた隠者の刻印のせいだ。
 隠者の刻印は倒した隠人の情報を吸収し、呪言花札の使役を可能とする窓口の役目を果たす。ただ七代の場合、吸収する量が多く、処理が追いつかなくなってしまう。加えて《秘儀を伝授する者》と言う仰々しい名前の資質を持った七代は多量の情報を自分も知らずにため込んでいた。  それらの要因が重なり、七代は戦闘後にはまず熱を出す。その様子を見た御霧から、常に熱暴走を起こしたパソコンだと、不名誉な称号をつけられたこともある。
 七代は、時に発熱を隠す。度々休憩を入れては迷惑なんじゃないかと思っているようだったが、燈治からすると黙ってしまわれる方が嫌だった。
「だ、だってこれぐらいもう平気だと思ったんですよ」
 七代は両手を握りしめ、軽く肘を曲げてみせる。だが、それぐらいで絆される燈治ではなく「駄目だ」とすげなく言い放った。
「ここで放ったらお前はまず倒れるだろうな。俺が保証する」
「おれが壇に信用されてない保証ですね……」


 部屋から他の区画に出ると、見覚えのある館が見える。どうやら先ほどまでいたところと繋がっているようだ。
 何だ、これなら直ぐに合流出来そうだ。ほっとして進みかけ、深い谷が燈治の足を阻む。飛び移ろうにも、向こう側は格子扉が堅く閉じられていて、このままでは確実に落ちてしまう。
 ここから合流するのは無理か。手が届きそうで届かないもどかしさに、燈治は向こう側を睨む。
 七代とはぐれた今、彼は義王といる。そして義王は七代のことを気に入っている。絶対自分が居ない隙に、何かしでかす。七代がそう簡単に義王の誘いに乗るとは思わないが、それでも心配だ。
 いつまでもここで立ち往生している場合ではない。燈治はさっき自分が目覚めた部屋に戻ることにした。ちらりと見えただけだが、他にも扉があったはずだ。開くか開かないかは別として、調べてみる価値はある。
「……?」
 部屋に戻ろうとした燈治は、入り口で足を止めた。
 さっきまで燈治以外に誰もいなかった部屋に、誰かがいた。
 中央のあたりで、佇んでいるその誰かの顔を見て、燈治は息を飲む。
 『彼』は燈治にそっくりの姿をしていた。まるで自分と『彼』の間に鏡を置いたような錯覚すらする。
 つ、と『彼』の視線が燈治に向けられる。何の感情も表さない、真っ暗な虹彩が戸惑う燈治を捉えた。
「お前……誰だ?」