69 東京鬼祓師 壇燈治×七代千馗
オフA5 P20 R18
※性的描写を含むため18歳未満の方の購入はご遠慮させてください。




 左から妙に視線が突き刺さってくる。最初はいつものことかと気にせず昼食に買っていたカレーパンをかじっていた。しかし長時間続くと流石にいたたまれなくなる。
「……俺の顔に何かついてるか?」
「えっ?」
 燈治を見つめる視線の主――七代千馗は尋ねられ、ぱっと視線を逸らした。
「な、何でもないですよ? ははは」
 乾いた笑いを浮かべ、膝の上に乗せられた弁当から選んだ出汁巻き卵を口に運ぶ。常日頃ならいつも学校での食事を駄菓子で済ませる七代だが、それがとうとう居候先の羽鳥家にばれたらしい。冬休みが終わり残り短い三学期から弁当を持参するようになった。
「嘘つけ」
 燈治は手の甲で軽く七代の側頭部を小突いた。食べ終わったカレーパンの包みを握りつぶして購買の紙袋に入れる。
 自販機で買った冷めかけた紙コップのコーヒーを飲みながら「バレバレだっての。視線突き刺さってきたぞ」と左頬をつついた。
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。はぐらかされる方が気に食わねえ」
「え……、でも、怒るかもしれないし……」
 七代は言葉を濁す。
「さっき言ったこと、もう忘れたのか?」
「俺ははぐらかされる方が嫌だし、お前相手なら尚更はっきり言ってくれた方がマシだ」
 燈治は七代を信頼している。かけがえのない相棒だ。だからこそ、言いたいことは言い合える間柄になりたい。
 食べていた弁当を飲み込み、箸の先を唇に当てたまま七代は黙った。やがて言う決心がついたらしい。ゆっくりと燈治を見た。
「怒らないでくださいね」
「なるべくな」
 燈治はコーヒーを一口飲む。さて、千馗は何を言うつもりか。燈治には大抵受け入れられる自信がある。悩みや困っているのなら励まし、助け支えたい。
 しかし、七代の口からでたのは、燈治が考えていたよりも遙かに斜め上の言葉だった。
「壇って妹さんがいるじゃないですか。そんな中でどうやってオナ――ぶふっ」
 最後まで言わせてたまるか。燈治は掌で七代の口を塞いだ。
「お前は昼間っから何トチ狂ってんだ……?」
「――って、壇が言えって言ったじゃないですか。それにこんな寒いところおれか壇ぐらいしか好んできませんよ」
 口を塞ぐ手を引き剥がし、七代は抗議する。
「確かにそうだけどよ」と壇は空を見上げる。一月も半ばを過ぎた屋上は長居するには寒く、専ら七代と壇が使っていた。
「でもあいつらがくる可能性もあるだろ。少しは周りに気を使え」
 時を選ばずやってくる呪言花札の番人二人を思い浮かべ、壇は彼らが今いないことに感謝した。
「そう、それなんですよ」
「……あ?」
「おれ羽鳥先生のところでお世話になってるんですけど、どうも出来ないんですよねえ」
 弁当を食べながら、七代は物憂い息を吐く。秀麗な見た目もあってか絵になるが、いかんせん考えていることに問題がある。
「だから壇はどんな風にしてるのかなって、聞こうと思ったんですけど……」
 無邪気に話す七代に、燈治は目眩がして頭を押さえた。この男は無意識で燈治の中にあるスイッチを踏み抜くのだから質が悪い。
 肺の奥から息を吐き出し、側頭部をがりがりと掻いた。
「――弁当」
「はい?」
「弁当さっさと食っちまえ。んで午後はふけるぞ」
 燈治はちらりと七代を見た。意図を探るような視線に頷いて「お前の発散につきあってやる」と告げる。
 コーヒーを一気に飲み干し、空になった紙カップをカレーパンの袋と同じように紙袋へ入れる。
 七代が食べる速度を上げ、むせた。
「時間はたっぷりあるんだから落ち着けよ」
 口を押さえて咳きこむ七代の背中を燈治は撫でた。しかし表面上では余裕を見せていても、体の芯では熱がどんどん膨れていく。
 千馗がオナニーとか口走ろうとするから。自分相手に理屈をこね、くすぶりだした熱を冷ますように冷たい柵に身体を凭れる。